アルカディアを越えて


女の子が泣いている。
室内を埃混じりの風が吹き抜ける。壁に寄り添うようにして蹲り、触れた冷たい石の壁がもたらすものは孤独と虚しさだった。簡素なベッドを二つ並べてしまえば隙間も見えなくなるであろう狭い部屋は少女にとって牢獄のようだった。
開かれない扉を叩き続けた手は鬱血し、痛々しい赤紫色に染まっているが、一向に射し込まれない暗闇が、あらゆる感覚、一番に痛覚を阻んでいる。その部屋は少女を閉じこめておくために存在しているので、そこに少女がいるだけで素晴らしく完成度の高い牢獄の出来上がり。
女の子が啜り泣く。
あの少女は泣いたところで事態は好転しないことを知っている。ならば何故泣くのか。少し前に殴られた頬が腫れ上がり、顔の形が変わってしまったからではない。擦り剥けた手の甲が痛むからではない。部屋から出ることが出来ないからでもない。泣くことにとっくに飽いた瞼は重く垂れ下がり、噛み締めた唇は乾いて血が滲んでいる。泣くことにどのような意味があるのかを知らず、その時の少女の立場は、使い古されたボロ雑巾と同じだった。少女に出来るのは雑巾を絞るようにただ泣くだけ。
ああ、これは小さい頃の自分だ――ようやく顔を上げた少女を見て、は自分が夢を見ていることに気が付いた。自分の足下も碌に見えない闇の中で、異様に青白く少女の顔が朧気に浮かび上がる。泣き顔に相応しい、惨めな色。間違いない、これは子供の頃の自分だ。

はよく誘拐される子供だった。
把握している限りでは5回、未遂で終わったものを数えるときりがない。何故自分がそこまで執拗に狙われるのか、重要なことは何一つ知らされないまま、ただ黙って人形のように捕らわれる。他者と比べても特別優れたものを持っているわけでもないの唯一の特技は、『誘拐されること』などという不名誉なものだった。
次から次へと現れる誘拐犯達の目的は何であったか。それは莫大な身代金だったのかもしれない。自身は平凡な子供に過ぎなかったが、父は名の知れた貴族だった。貧困に喘ぐ民で溢れかえった壁の中では恐喝や強盗など日常茶飯事であり、貴族の子息が誘拐されることは貴族として不自由なく生きる為の通過儀礼のようなものだった。父の名がどれほど価値のあるものなのかについて、は知らない。父親が時々、見るからに傲慢で偉そうな大人達にかしずかれている所を何度か目にしたことはあるが、物心つくころにあっさりと没落し、一家揃って市井に下ったからである。
まったく知らない所で渦巻いている思惑に巻き込まれたは5回、死ぬような思いを味わい、今見ているこの光景はそのうちの2回目に誘拐されて、一番痛い思いをした時の記憶だ。

誘拐されたときは、何をおいても自分の命を大切にしなさい。両親が幼い子供に教えられることはそれだけだった。護身術を教えるには幼過ぎ、また小さな子供抵抗など、大の大人にしてみれば赤子の手を捻るほど取るに足らないものだ。
教えられた通りに精一杯命を大切にして、その結果、殺されてしまうのであればしょうがない、と両親は思っているのだろうか。そもそも、命の危機にある状況で、自分の命を守る行動とはどうあるべきか、子供はおろか、大人だって冷静に判断することができるのだろうか。
今のなら分かる。両親の言ったことは無理難題で、けれどもそれは他にかけられる言葉がなかった、彼らにとっても無力で苦渋に満ちた教えだった。

少女は立ち上がり、自分の頭より高い位置にある窓の縁に手を伸ばした。薄いガラスが填めこまれた窓は、牢獄として完璧にあつらえられた部屋で唯一の綻びに見える。ガラスの向こう側は漆黒の帳が下りていて、見上げた少女の瞳を黒々と塗り潰した。
渾身の力を振り絞って窓に乗り上げると、窓の下はまるで空虚だった。底の見えない闇の先は一切の生命を感じさせない。断絶された部屋は地上からどれだけ離れているのか、無防備に思えた窓は、実は周到に用意された罠だった。少女を絶望に追い込む為の残酷な穴だった。
このまま夜明けを待って人質となるか、それとも飛び降りて自由を手にするか――この場合の自由とは生死を問わないもの。残酷な2択を、幼い子供がどれだけ理解できただろう。
しかし少女は躊躇わずに飛び降りた。自分の背中から羽が生えてくると錯覚した滑稽な少女。あの時、何を思って飛び降りたのか、は思い出すことが出来ない。
自分の体が落下していくにつれて重みを増し、最後は鉛のようであったこと。体を丸めて咄嗟に両手で頭を覆った。体が地面に触れた瞬間、一回、体が鞠の様に跳ね、それから痛みより体が鈍い音と共に潰される感覚、骨が軋み、体中を赤い熱が走った。あ、と思う間もない出来事だった。瞳の奥を眩しい閃光が弾け、その鮮烈な美しさに意識を奪われたが、奇跡的に留まったのは、想像していたより部屋の位置が高くなかったからかもしれない。そしてその日は雨が降っていて、ぬかるんだ大地がクッションになったのが幸いした。人気のない気味の悪い裏路地に、不良品の人形の様に転がる。泥が体中に跳ね、母親が誕生日に贈ってくれた淡い色のスカートが泥まみれで、ボロ雑巾より酷い有り様だ。
何故、どうして、自分がこんな酷い目に遭わなければならないのか、どうして誰も教えてくれない。悔しいわけではないのに涙が出た。噛み締めた唇は泥と血が混ざって酷い味がする。涙を拭うはずの両手を動かそうとして、指の一番上の関節さえ命令に従わずかたかたと震えるばかりで少女は戸惑った。
人の体はとても脆いのだ、だから大事にしていなさい、頭上で死に神が嗤っている気配がする。痛い、と思ったら負けなのだ、感覚を忘れていなさい、そんな不当な言葉まで聞こえてくる。
幻聴だ。子供には理解出来ない。抗う術を知らない。
唯一動く意志を見せる口を震わせてゆっくりと唾液を飲み込んだ。
重たい瞼を持ち上げると、知らない黒い人間らしきものが少女の顔を覗き込んでいた。
「死んでるのか」
ああ、驚くほど絶望に近い息が零れた。
こんなにも早くに追っ手をかけられてしまったのか、石のように重い頭をほんの少しずらして目を凝らすと、そこには見ず知らずの少年が直ぐ横に立っている。
「死んでない」
言葉はすんなりと喉から滑り出た。
「じゃあ何してんだ」
「死ぬ準備をしているところ」
この子供は奴らの仲間ではないのか、と少女は考えたが、安堵することはできなかった。部屋に少女がいないと知れたら、直ぐにでも追っ手がやってくるだろう。少女は自力であの部屋から出ることは出来たが、もう指一本でさえ動かせる力は残ってはいなかった。頬に濡れた髪が張り付き、口を開くと泥と髪が入ってくる。酷い有り様。そんな姿を少年は嫌悪感を露わに見下している。
助けは来ない。都合の良い夢を見るには現実が暗すぎる。雨が降っているから小さな希望の星一つですら隠されてしまった。後、自分の出来ることは何かと考えたら、死ぬ準備をすることだけだった。最初で最後の虚しく泥の味がするばかりの滑稽な作業だ。
「生きたいか」
少女が掠れた声で、生きたい、と言った。
「なら生き残る準備を手伝ってやってもいいが」
雨が目に突き刺さる。は少女が泣いたのはお気に入りのスカートが汚れてしまったからだと知っている。たったそれだけの事に心を砕く愚かな少女だった。
泣いているように見えるのは雨が少女の頬を伝うからだ。
ああ、なんて

「助けてやったら、見返りに何を寄越す?」

最悪な夢だ。







でもうなされることってあるんだ」
朝、食堂で顔を会わせた時に彼女らしからぬげっそりとした顔で挨拶をされたとミカサが証言した。
嫌な夢を見た、そのせいで食欲がない。自分の朝食をサシャに譲って、はぼんやりと水を飲んでいた。周囲の喧騒を追いやるように窓の直ぐ横の椅子に腰を下ろし、窓の外の曇り空が彼女の時間を止めているようだった。
一体どんな夢を見たのかとサシャが固いパンを噛み砕きながら問いかけると、は一瞬呆けてから意味深に笑い、突然一週間水だけで生活しろと強要される夢を想像して見るといいよ、と言った。冗談なのかそれとも――、サシャは水の入ったコップを傾けると手元の二人分の朝食を交互に見やり、それは最悪な夢だ、と顔を青くして戦慄いた。サシャの思い込みの激しい性質が存分に発揮され、目の色を変えてこの朝食は絶対渡しません!と騒々しく暴食を再開した姿をミカサは傍観し、鬱陶しげに眉を顰めた。
朝から気分が滅入ることね。はへらりと口元を緩めた。
「昨日の入隊式じゃ平気な顔してたけど、やっぱりプレッシャーがあったのかな」
「へえ、あいつも案外可愛気あんじゃん」
とプレッシャーなんて対極にありそうなものだと思っていたけど、なんだか安心したよ。だって普通の女の子だよね、うん」
それにしたってを脅かす程の夢って一体どんな恐ろしいものなのだろう、知りたいような知りたくないような。釈然としない気持ちで首を傾げたアルミンの思考を断ち切ったのはミカサだった。
「そんなことよりエレン、本当にどこも怪我はないの?」
「大丈夫だっつってんだろ。例の力のお陰で怖いくらい治りが早いんだ」
「そういう問題じゃない。いくら治るからって不当な扱いは許せない。誰に何を言われて何をされたのかを具体的に話してほしい。私がエレンの代わりに報復にいくから」
もちろん倍返しだ、とミカサは真剣な顔をしてエレンに詰め寄った。
「おい、さっきから怖いことばっか言うな」
エレンはげんなりとしながらミカサを制した。調査兵団の敷地内だというのに怖い者知らずの幼なじみの穏やかではない気迫には冷や冷やさせられる。聞く者に因っては袋叩きに遭いかねない発言を周囲に聞かれてはいないだろうか、視線を巡らせたところでふと思い至った。
「そういや、さっきから噂のの姿が見えねえんだけど」
拘束されてから久しぶりに再会を果たした同期達の中にだけがいなかった。マルコの話を聞かされときに動揺したせいで、が調査兵団に志願したと聞いた衝撃はどこかに飛んでいってしまっていたが、改めて考えてみると、随分と長い間彼女と会っていないように思う。
エレンにとってという存在はいつまでたっても不可思議な立ち位置だ。気が付くと直ぐ横にいたり、知らないうちにずっと遠くにいってしまっていたり。分かり合えた気がした一秒後に、全く何も分からなくなったり。エレン自身は自分の人生の全てにおいて隠すようなことは何もないと思っているが、逆にはさらけ出しているものが何もないのではないか、と感じることがある。いつも笑って見せるあの表情でさえ本当のものではないのではないか。自分はそれを暴きたいだろうか。考えるくらいに彼女のことは気に入っているのだ。
エレン自身でも処理しきれない出来事が次々と起こり、発狂してしまいそうな状況の中、時々走馬燈のように思い出される記憶の中にの姿がある事もあった。どこか浮世離れした彼女の姿勢は、眩暈がする程の現実を忘れさせてくれる不思議な空気を纏っている気がする。目を背けたくなることに遭ったとき、の根拠の無い笑顔を見てはっと我に返ることがある。その瞬間だけ、エレンの脳は露が晴れたようにさっと視界が開けて、眩い光が体内に溜まったもやを排除していき、よく考え、判断することが出来た。時々我を忘れることもあるが、それでも昔の頃に比べると理性的に判断できる機会が増えたのは、3年間の苦しい訓練に耐え抜いた末に培った忍耐、精神力に因るものだ。それから、他者を思いやる優しさ――憎しみで我を忘れていた自分にこれを思い出させてくれたのは実はではないかと思っている。
彼女は、巨人になる自分のことをどう思っているだろうか、考えると再会を躊躇ってしまう気持ちがあった。彼女の両親とて巨人の被害者なのだ。あの穏やかな眼差しが一変して、厳しく自分を糾弾してくるのだろうか。
「彼女なら朝食後にふらっと何処かに行ってしまったけど――どうしたのエレン、難しい顔をして」
「いや、ふらふらして迷子になってそうだなって思ってさ」
「エレンが普段のことをどう思っているかよくわかる発言だね」
でも方向感覚は平均的にあるからエレンは心配しなくても大丈夫」
「ミカサ、それってあんまりフォローになっていないよ」
二人のやりとりを呆れた顔で見守りながらアルミンはエレンがしたように視線を彷徨わせた。昨日、が予言した通りの雨が降りそうな気配。実際に雨が落ちてきたところでここに集められた者達の士気が下がることはないが、彼女はどうだろう。雨が降る、と言ったときとまったく同じ顔をして、ほら、当たったよね、と得意気に胸を張ってみせるのか。だとしたらは今頃、雨が降らないことをどこかで祈っているはずだ。あの時、聡いアルミンは、彼女が雨や雷を歓迎していないことに気が付いていた。今朝、真っ赤な目で窓の外を眺めている姿を見て、確信した。それはもしかしたらが見た悪夢と関係があるのではないか、といくつか推測を立ててみたが、どれだけ脳を回転させてみても、突拍子もない盲点をついて、アルミンの包囲網をかいくぐってきた経歴を持つにはあまり意味のないことのように思える。彼女の意外性に関しては、過大評価も過小評価も当てはまらない。
「そう言えばエレンは分隊長のハンジさんを知っているかい?が顔見知りみたいなんだ」
「ハンジさん…?こっちに配属になってから世話になってるけど、はあ?え?なんでハンジさんとが?!」
「さ、さあ、僕たちもよくわからないんだけど、珍しく親しげだったからさ。ってあまり自分のことを話さないだろう、だからどういう間柄なのかなと思ってちょっと気になったんだよね。ハンジさんってなかなか癖のありそうな人だし。でも、その様子だとエレンも何も聞かされていないようだね」
ハンジはが調査兵団に志願することを予測していたと明言した。つまり、ある程度は彼女の行動原理を理解している近しい関係だということだ。
エレンはここ数日間、頻繁にハンジと顔を合わせる機会があったが、一度としてのことがて話題に上った記憶がなかったので、寝耳に水だと首を傾げた。
「あ、
噂の渦中の人物が数十メートル離れた建物の中から丁度出てくるところだった。出てすぐに周囲を見渡し、見知った顔を確認するや否や、エレンの心配も余所に確かな足取りで歩いてくる。近付くに連れ、朝は青かった顔色がすっかり元通りになっていることを確認し、アルミンは胸を撫で下ろした。
「エレン」
は少年の前に立つと顔を綻ばせた。
「元気そうで良かった。大変な目に遭ったね」
労うように柔らかく肩を叩かれながら、エレンは少し前まで彼女の反応を恐れていた自分を恥じた。どうして気付かなかったのか。いつもの言葉に、行動に嘘偽りはない。良い意味で捉えれば素直で、逆ならば危うい。彼女の基盤となるものは曲がらない精神と、その外側に覆い被さる笑顔だ。膜を張ったそれは、淀んだ外気とは決して混じらない。それがとても危うく思え、同時に眩く、自分が護らなければ、と錯覚する。
も大出世したな」
「ジャンには雷落とされたけどね。後で仲直りに行かないと」
「あんな奴放っておけよ」
「マルコのこととかあったから、彼も相当へこんでいるんだよ。仲間想いの良い子だね。エレンのことだって憎まれ口を叩いていても、内心では認めているし、心配していたんだから」
はあの日、仲間の亡骸を前に肩を震わせたジャンの姿を忘れることができない。意地っ張りな彼が見せた弱い部分と優しい部分。
「良い子って…」
エレンの顔が引きつると、は「皆良い子だ」と訂正を入れた。そういうことじゃない。
「でも、どれだけ優れた志を持っていたとしても、それで優遇されることはないから、心配になるよね」
運が良ければ助かるし、運が悪ければ――或いは。
僅かでも後悔が生まれないように。その言葉の裏に込められたのは、皮肉にも過去から溜め込んできた形容しがたい想い。結局、どうしたって後悔のない人生などありえない。努力をすれば減るだろう。しかし違う道を選んだことで、新たな後悔の可能性を生み出すだろう。
結局のところ、正しい選択などには判断しかねる難題に違いなく、それでもジャンが自分にぶつけた感情は真実に迫っていて、ありがたく、素直に受け止めるべきものだ。受け止めることと受け入れることは必ずしも同義ではないけれど。
「ところでエレンは大丈夫なの?あれから不当な扱いは受けていない?」
「なんだよ、までミカサを同じこと言うなよ!」
「エレンはもう少し、ミカサの気持ちを理解した方がいいと思うな。ここ最近のミカサったらずっとエレンの心配ばかりで見ていられなかったもの」
、もっと言って」
「お、お前ら、何なんだよ…」
僅かでも後悔が生まれないように。はエレンとミカサの関係は尊敬に値すると思っている。しがらみなく、欺くことなく互いに思いやる関係。互いを信頼しているからこそ築ける尊いもの。少しだけミカサの想いの強さが偏っていることに、エレンはそろそろ向き合わなければいけない時期が来ている。天秤は水平に釣り合わなければ、藻掻き苦しいだけだから。
「本当に体に変調はないの?嫌がらせは?」
「ないって!皆そこそこ親切にしてくれてるよ!」
「それも強要されてるの?」
「お前ら寄って集って恐ろしいことばっか言うなよ…」
慌てるのはエレンとアルミンばかりで、女子二人は示し合わせたようにエレンに対する不当な扱いについての疑惑の思いつく限りを暴こうと前のめり気味である。
「親切ってそんな痛々しい嘘を言わなくても大丈夫だよ。だって、親切だとか優しさだとかをどこかにすっぱりと削ぎ落としてきた冷酷無比な人がバックに付いたって知っているもの」
「それは俺のことか」
「そうです!まったくその通り!自覚があるならもっと周囲に気をく――――あ。」
各々が、を通り過ぎ、その背後に目を向けて、固まった。は自分の背後から突き刺さるような視線を感じて賢明に口を噤んだ。
「続けねえのか」
元々声が低いのだろうか、そう、きっと元々が、声だけで人を殺しかねない誤解を招きやすい性質をもってしまった気の毒な人に違いない、だからきっと、これは怒っているわけではなくて…、アルミンは直立不動で立ち竦む他の面々も同じ事を考えているに違いないと考えた。視線を正面に向けることが恐ろしく、自分の爪先をじっと見つめる。今すぐにも叫びだしたい。なんてことだろう。
よりにもよって、一番聞かれてはいけない人に聞かれてしまうなんて!
「だんまりか…おい、そこの間抜け面―――しらばっくれてるそこのお前だ。話がある」
「私のことですか?背後にいる癖にどうやって表情までわかるって言うんですか。貴方って千里眼でも持っているの」
うわあ、の発言に少年二人は飛び上がった。
「お前のアホ面なんざ見なくてもわかる、何度も言わせるなよ、そのうるせえ減らず口が二度と開かなくなるようになりてえのか。俺が今どんな気分なのか理解する脳ミソが残ってんなら四の五の言わずにさっさと付いて来い」
はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。それを見たエレンとアルミンは、相手がの表情が見えない位置にいることを幸いと思いながらも、これ以上ないくらいに顔を青くした。お願いだからこれ以上、余計なことを言わないで欲しい。訓練兵時代から上官に楯突いている経歴を持つは、わかっていながら平然と地雷を踏みつけるような人間だ。その度に二次被害を被る自分達の並々ならぬ気苦労を少しは考えて欲しいと何度思ったことだろう。幸いに祈りが通じたのか、は固く唇を結んで沈黙を守った。
「あ、あの…」
勇気を出して声を上げたアルミンは、鋭い視線に一瞥されただけで竦み上がってしまった。
やはり新兵などが気安く発言を許される相手ではない、視線から逃れるために再び俯くと、舌打ちが聞こえた。
「おい、惨めに引きずられていくか自分の足で歩くか、どちらかを選ばせてやる」
「うぐっ」
言い終わる前には無慈悲に容赦なく首根っこを掴まれ、後ろに仰け反った反動でようやく相手の顔と対面した。そのまま首を絞め殺す気迫がほとばしった、嫌悪感に満ちた目がを射抜く。
その鋭さは夢の中で見たものか、現実か。既視感に息が詰まる。
合わさった視線は一瞬で、は息苦しさに喘ぐ暇もなく、そのままの体勢で引きずられそうになり、慌てて「歩く!歩けます!」と主張すると、舌打ちとともに解放された。
乱暴に放されて、勢いよく尻を打ち付けられたことに小声で不満をこぼしながら、呆けたままの仲間に向き直って、へらりと笑う。

「ああそうだ、エレンに会ったら真っ先に言おうと思っていたことを忘れていたわ。

ありがとう」



2014/01/12

「ねえ、あれってリヴァイ兵長だよね」
「……」
「ど、どうしよう連れて行かれちゃった…この場合って、不敬罪だろうか」
「……かわいそう」
「ミカサも同罪だからね」


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