「趣味と言えばどこでも構わず昼寝をすることでね、一度寝てしまえば滅多なことじゃ起きないほどに熟睡できるから特技とも言えるかもしれないな。寝込みを襲われたら何が起きたのか気付くこともなく人生が終わっているかも」
「特技というより欠点と思えよ」

 世の中、とんでも人間というのが存在するのだと思った。
 笑い話として収めてしまうには物騒すぎる発言を微笑まし気に語って聞かせた張本人の横で大きな砂漠狼が欠伸を一つ。そうか、頼りになる相棒がいるとこんなに呑気な人間が育つんだな。アリババは、長い間旅人として放浪生活を送ってきたというという人物は、実は世間ずれしたとんでもない箱入りなのではと思う時がある。パンドラの箱に入ったまま、世界中を旅してきたのではないか。知り合ってから何度も旅の話を聞いたことがあるが、全て笑い話や、良い思い出ばかりで現実味に欠ける。はおとぎ話が好きなのだと言って、その手の類の話を聞かせてくれたことがあるが、の話すことは一貫して浮ついていた。具体的にどのようにとは上手く言い表せないが、そう、まるでの半生についての話は、本人が好きだというそれによく似ている。子供達に一歩離れた距離から希望と明るい未来を教え、時には現実の厳しさを優しく諭す、いつの時代もおとぎ話とはそういうものだ。の話はいつもどこかずれていて、不思議なところがある。それはある意味でらしい特徴的な違和感だったが、とりたてて気に留めることもなくいつも上手に隠れていた。
「あれ?このアリババくんはどちらのアリババくんかな?本物のほう?」
 一度、半分目の閉じかかったによく分からないことを尋ねられたことがある。しきりに目をこすりながら寝ぼけた様子でアリババの頬を抓った。起き抜けにしては冷たすぎる指の平は容赦なく少年の頬を捻りあげ、良かった、これは本物だ、おはよう。ととぼけたことを言う。
 夢の中にね、君が出てきたからどちらが現実なのかと思って。
 その時、は現実と夢の区別がついていない、幸せな人間なのだと妙に納得した。痛む頬をさすりながらの周囲に纏わりつく違和感の正体に、少しだけ触れた気がした。どっちつかずというよりも、どちらも理解出来ていない、迷子のような顔をして、おはよう、なんて言う頃、とっくに日は暮れかかっている。
 は自分自身の日の当たらない話をすることがない。たった一度だけ、本音を聞いたことがある。小さな背中を丸めて蹲る姿を見たとき、まったく別人のようだと思った。
 アリババの中でという存在は、自分の影をどこかに置いてきた人で、いつも太陽の辺りを漂っている。それがまるで嘘みたいに小さく影は尾を引いていた。たる全てが霧散して、知らない何か――淡く滲んだ暗いものが姿を現し、その時ようやく理解した。
 は自分のことを罪人だと思っている。
 夢を見ている間は、罪から逃れられると思い、それがあり得ないことだと知りながら。肩の力を抜いているようなふりをして、実際は肩を落としているのかもしれない。
「そんなに昼寝して夜寝れなくなっても知らないからな」
「昼寝と夜の睡眠は全くの別物だから問題ないよ」
 昼の間は夢を見ていられるけど、夜は神様の領域。アリババは首を傾げ、うとうとと瞼を震わせ始めたの頭を叩いた。ただ寝汚いだけだろーが、うんざりとした声にはふふふと嬉しそうに笑った。自分の目覚まし役にアリババがぴったりだと言って、
 万が一、寝過ぎてしまうことがあったら、今みたいにアリババくんが起こしてね。

「起こしてくれって、そもそもどうやったら起きるんだよ」

 頬を抓ろうとしたらジャーファルに止められた。ならばと耳元で騒いでやろうとしたら今度はアラジンにまで咎められた。本人ですら滅多なことでは起きない寝付きの良さを自負しているというのに。そんな相手をどうやって目覚めさせることが出来るのか、せめてそれくらいは聞いておくんだった。
 アリババは清潔に保たれた、皺一つなく整えられた寝台の前に立ち、拳を握りしめることが日々の日課になりつつある現状に焦燥感を募らせていた。シーツに埋もれるように眠りにつく人を眺めるだけの日々。
 笑いもせず、もちろん泣きもしない。僅かも動かない人形の様な顔は安らかに、口角は自然に緩まっていて、今にも開きそうだというのに、いつもの呑気な声で自分の名前を呼ぶこともない。
 もう何ヶ月もこの状態のまま。いくらなんでも寝過ぎではないのか。診察をした医師達も首を傾げるばかりで、何故目を覚まさないのか、何故あれほどの傷が治癒に至ったのか、今の医学では説明が出来ないのだと言った。
「どんな夢見てるんだ?」
 それは現実よりも幸せなものなのだろうか。全てを置き去りにするほどの。でも、そこにいる俺は俺じゃないって、とっくに気付いているんだろ。現実の俺はかんしゃく起こして怒鳴ったり、容赦なく叩いたりだってするし、時々下心だって芽生えるけど、偽物の俺なんかよりよっぽどのことを想ってる。辛いことがあるのなら支えてやれる腕だってあるし、夢から覚めるために必要ならいくらだって頬を差し出してやるから、
「早く目を覚ませよ。言いたいことが山ほどあって困ってるんだ」

 話かけると、ほんの少し、表情が綻ぶような気がしている。声が届いているのだろうか。窓から飛び込んでくる温かい風がアリババの前髪を掻き上げた。





 それは突然やってきた。

「なんだよ…これ…」
 命を刈り取る鮮やかな赤が飛び込んできた。アリババは一瞬己の目を疑い、鈍い鉄の匂いが鼻につき、浄化されていた空気が一気に重くなるのを感じる。
 騒動の名残が覚め遣らぬ城下を、一匹の獣が駆け抜けたという一報が彼の元に届けられたのは、全てに決着が付き、少年の涙が乾ききった直後のことだった。
 遠くの方で獣の咆吼が響いた途端に周囲は騒然とし、新手の敵襲ではないかと身構える人々を飛び越えるようにして大きな獣がアリババの元に降り立った。見事な白銀の毛並みが赤く染まっている。それが誰の血であるのかを理解することは簡単だった。
 周囲を威嚇し続けた獣がようやく鋭い刃をおさめ、少年の目の前に大きな体を伏せると、横にいたアラジンが悲鳴を上げた。おにいさん!彼は確かにそう言ったのだ。
 先日の戦闘の際に深手を負ったが、この場に現れるはずがない。身動きも取れない重傷の体でどうしてマリカの背に身を預けているのか。ようやく止まった筈の血をどうしてまた溢れさせているのか。恐る恐る近付くと、マリカは何も言わずに目を伏せた。助けてやってくれ、そう言われているような気がする。
「おい、…どうしたんだよ」
 震える手でに触れると、怪我を負ってまだそう時間が経っていないらしい、生温い血が指先についた。初めて会ったときのように、これは他人の血ではないのか、と期待をしたが、開かれない瞼と、腹部から止め処なく流れでる液体に僅かな希望も打ち砕かれた。
、聞こえてるなら返事をしろよ、
「アリババくん…」
「アラジン、大変だ、早く止血をしてやらねえと、の大切な命が流れちまう…!」
「アリババくん落ち着いておくれよ!」
「落ち着いていられるかよ!」
 声を荒げたアリババは、アラジンの制止を振り切って、の体をマリカから下ろすと、そっと地面に横たえた。全身の力を失った体は鉛のように重く、大地に赤い染みを作った。少し前まで明るく笑い、冗談を口にしていた人間が体を真っ赤に染め上げて動かない。
「なんの冗談だよ…笑えねえよ…」
 未だ血が溢れ続ける腹部に手をやると、痛々しい傷が口を開けていて、アリババは息を呑んだ。早く、早くこの穴を塞がないと――

「二人とも、どきなさい」

 振り返ると両脇を部下に支えられたシンドバッドの姿があった。普段の他者を圧倒する不敵な様はすっかり息を潜め、能面のように表情を無くした男の視線は目の前の少年達を通り過ぎ、物言わず横たわるに注がれていた。
「でも…!!」
「アリババくん、いいからどいてくれ」
 そっと肩に置かれた手に込められた力からはシンドバッドの言い知れぬ感情が溢れてくるようだった。だというのに声は誰よりも冷静で、信頼に足る重さを伴っている。
 項垂れるアリババをやんわりと、しかし有無を言わせずに押しのけたシンドバッドは、膝をつき、静かにの顔を覗き込んだ。そして頬に付いた、まだ赤いままの血を拭ってやる。自身も傷だらけで立っているのもやっとだというのに、シンドバッドはいたわるような所作で、に触れた。どうして誰も手当をしようとしないのか、状況はどう考えたって落ち着いて見守ることではなく、今すぐに止血をしてこれ以上の出血を抑えることが最優先の筈なのに。アリババは激しい憤りを感じながら、再び溢れてしまいそうな涙を必死で堪えた。
 そんなアリババに背を向けたシンドバッドは落ち着きを払った声で言った。
「大丈夫だ、アリババくん、落ち着きなさい」
「だけどシンドバッドさん!!」
「大丈夫なんだ。本人が言った言葉が正しければ、真実であるならば」
 平坦な声だった。感情を一切遮断しているように思える。
 アリババは自分の手を睨み付ける。の血が自分の負った傷と混ざり合って、徐々に変色をはじめていた。
 振り返ったシンドバッドは全ての終焉を告げるような色のない瞳でアリババを射抜いた。
「大丈夫だ、は助かる」
「っ!!」
 根拠の所在なんてわからない。けれどもシンドバッドの声が、自分自身にも言い聞かせているように聞こえたので、噛み付きそうな感情を抑えて拳を地面に叩きつけた。涙が一粒、頬を伝って地面に黒く染みをつくる。衝撃に大地はびくともせず、震えたのは己の喉だった。
 シンドバッドがそっとを抱え上げると、大地には赤い血だまりが出来上がっていた。
 どうして大事なものばかり、置き去りにしてしまうだろう。アラジンに労るように肩を叩かれ、アリババは自分が放心状態に陥っていることに気が付く。打ち付けた拳が痺れている。数刻前に親友を屠った自分の手が、誰よりも、何よりも生きていることを実感させる。
 シンドバッドは打ちひしがれるアリババの横を一瞥することもなく通り抜けた。
 
 僅かでも縋ってみたいと思う。だけど、
 助かるなんて、そんな奇蹟みたいな浮ついた話、どうして信じられるものか――

「だって、そいつ、はとっくに息をしてないんですよ」

 



 あの日、見かけたは確かに自分の未来を暗示して言ったのだと思う。忙しなく過ぎていく一生の、束の間の安らいだような表情を浮かべて。
「何してるんだ?」
 がなにやら真剣な顔をして卓に向かい合っている。穏やかな昼下がりだというのに、室内に篭もって何をしているのか、興味本位で手元を覗き込んで見ると、白い布を折り曲げたり畳んだりと試行錯誤をしているところだった。
「ああできた!」
「なんだそれ」
 少し歪な形をした白い物体は、何かの意図を持ってその形を成しているのだろう、どこかで見たことがあるような、ないような。アリババの疑問は、達成感に満ちたの言葉によって解明された。
「これはね、折りヅルと言って、故郷の鳥をモチーフにした伝統的な遊びの一つなんだ」
「へえー鳥にしては首が長いんだな、形も変に歪んでるし」
「うわ…、本来は折り紙で作るものだからね、布だからす、少し苦戦しただけ!紙で折ればもっと上手に折れる筈だし…」
でもこっちには紙がないからなあ…。は卓に置いた布製の鳥を懐かしそうに眺め、斜めに傾いた片羽の形を丁寧に正してやった。そうしてからよく見ると特徴的な長い首の付け根から生えた対の羽が飛び立つ前の鳥の姿に見える。アリババは素直に器用だなあと関心しながら、こんな形の鳥は見たことがない、と思った。
「チーシャンからずっと遠くにある国の冬鳥だよ。そこには四季が存在していてね、ツルは冬になるとずっと寒い所から暖かい土地を求めて越冬しに来るんだ。故郷の国ではこの鳥を見かけると皆ようやく冬が来たんだなあと実感する。子供の頃は冬鳥が冬を連れてくるんだって思っていたこともあったよ」
「渡り鳥か」
「そう。渡り鳥は本能で、自分達が生きやすい土地を求めて飛び回るでしょう。どれだけ遠くに行ってもまた同じところに戻ってくることが出来るのって凄いと思わない?彼らは地図もコンパスも持っていないのに、ちゃんと帰る場所がわかるんだよ」
 は自分と正反対だ、と自嘲気味に笑う。旅人は渡り鳥に似ているところがある、と言う。自分の在るべき場所を求めて渡り歩くのだ。それは野鳥の本能に近いのかもしれない。冬が来ると故郷を思い出すかもしれない。けれどもは避寒のために故郷に帰ることはもう出来ないのだと言った。
「でもこの大陸には冬なんてないだろ、問題ないじゃないか」
「ほんとだね」
 でもね、ツルは暑すぎる土地では生きていけない我が侭な鳥なんだ。
 その呟きは、興味津々に折りヅルを眺めるアリババの耳に届くことはなかった。
「ところで折り紙ってなんだ?」
「ずっと遠い未来の文化だよ」
 はい、これアリババくんにあげる。手渡されたツルという鳥はくちばしが大きく、ちょっと不格好な、愛嬌のある姿をしている。





「俺、やっぱり捜しに行ってこようと思います」
「アリババくん、待ちなさい」
「でも!あいつがいなくなってからもう5日ですよ!その間、シンドバッドさんは直ぐに捜索を打ち切ってしまうし、あんな体でどうやって行方をくらませるっていうんですか?不自然すぎるでしょう!何か事件に巻き込まれて連れ去られたって可能性があるかもしれないっていうのに」
 今にも飛び出しかねないアリババを制したのはジャーファルだった。彼は冷静を欠いたアリババの様子を一瞥し、諭すように言った。
「全ては王のご判断です。あの方が不要だと言ったものにいくら骨を折ったところで意味のないことです。つまりさんはとっくにこの国から出ている。何かあてはあるのですか?闇雲に君が追いかけたところで髪の毛一本だってあの人の消息は掴めないでしょう。それでも君は行くというのですか?」
「変な奴に攫われて辛い目に遭っている可能性だってある!」
「この王宮の警備を舐めてもらっては困りますね。賊の一人だって見逃しはしません」
「だって、何かあってからじゃ遅いじゃないですか!俺はもう後悔はしたくないんです」
 唇をきつく噛み締めた少年に、ジャーファルは苦い表情で溜息をこぼした。考え無しで飛び出すのはある意味子供の特権だ。同じような感情を抱えながらも、それが出来なくなった大人とはなんと歯がゆく虚しいことか。理性と秩序とは時に自由を縛る枷になる。
「君の気持ちはよく分かりますよ。私だって正直納得がいっていない部分もあるんです。何しろこれだけ心を砕いて看病を尽くしたというのに、治った途端に挨拶どころか礼の一つも言わずに去ってしまった恩知らずのさんには言ってやりたい文句が山のようにありますからね。あの人は本当に、周りの心配も迷惑もまったくわかっていない人だ。今度会ったら一から常識というものを叩きこんでやりますよ」
 ジャーファルの声には僅かに怒りが含まれていた。直接的にの治療に携わったのは他でもない彼である。誰よりも思うところがあって然るべきだ。それでも口にしたことは本心ではないのだろう、呆れ声を滲ませながら、何にせよあれだけの怪我から復帰できたことは喜ばしいことですね、と微笑んだ。アリババも一度、怪我の惨状を目の当たりにしているので心の底から頷いた。一体どれだけの奇蹟がもたらされたのか、意識を取り戻した、と聞いたときの自分の驚愕は普通ではなかったと振り返りながら。
 あれは普通では決して助かる筈のない傷だった。若輩ながらも何度も人の死に直面してきたアリババにはそれがはっきりと理解できた。アリババだけではない、あの場にいた誰もがそう感じたはずだ。
 なのに、シンドバッドだけは助かる、と予言した。あの時に垣間見た彼の瞳の強さを思い出すだけで鳥肌が立つ。確固たる理に基づいた予言に、アリババは畏れを抱いたのだから。
 助からなかった.......人間がどうして助かる...などと宣言したのか。
 一体シンドバッドは何を知っているのだろう。
「それでも、シンドバッドさんは何も教えてはくれないし、俺ばっかり蚊帳の外にされているみたいで納得がいかないんです…!」
「…本当のところ、私にも事態が良く飲み込めていないんです。この件に関しては私にさえ一切の説明もなく黙りを決め込んでいますから。散々周りを巻き込んでおいて、さんも大概ですが、王も王ですよ。まったく、何がなんだか…」
 ジャーファルは心の内を全て吐き出すような長い息を吐いて、肩を竦めた。足下には二つの影が長い尾を引き、静まりかえった回廊の柱を伝っていく。ここにいない自分の主の全てを理解しようなどという考えは傲りもいいところだ。だが、百歩譲って、理解することはできなくとも気付くことは可能だろうか。
 アリババはがシンドバッドに宛てた手紙の存在を知らず、ジャーファルもまた、手紙の内容を知らされることはなかった。あれ以来、シンドバッドは何も語らず、平時と同様につつがなく王としての責務をこなしている。直前までの彼の言動を知る者であれば、それがどれだけ異様なことであるかを悟るだろう。
「ああ見えて、恐らくあの人は何か重要なことを掴んでいます。
 誰よりも確信に近い所にいるシンが動かないのであれば、私達はそれに従うのみです。シンが何も情報を開示しないということは、私達に何もするな、と暗に示しているんです。
 アリババくんだってとっくに気が付いている筈だ。シンが一番にさんの身を案じていることに。それでも尚、あの人が心を痛めていないと?
 彼の示す先はいつだって最善の道以外に有り得ない。私達はそれを信じてここまで付いてきた」
 ですからもう少しだけ、シンドバッド王を信じて待ってもらえませんか。
 ジャーファルの眼差しはシンドバッドへの確固たる信頼に満ちていた。その姿に滾らせていた怒りに似た感情が少しずつ融解していく。灯した炎でさえ萎んでいく。アリババだってわかっていた。憤る気持ちは自分だけのものではない。そしてシンドバッドのを見るときの目がいつも慈愛に満ちていたこと。が目を覚まさない間、誰よりも通い詰めていたのが他でもないシンドバッドであったこと。
「あの二人って一体どういう関係なんですか」
 ただの顔見知りにしては距離が近すぎる。他者には介入できない深く根深い繋がりのようなものを感じた。しかし恋仲、と呼ぶには何かが足りない。お互いを想い合っているのは明白だというのに、それは恋や愛などと簡単に表せるものではない気がする。
「あの二人は同郷の出身らしいですよ」
「同郷?」
「ええ。子供の頃からの知り合いであったと、つまり幼なじみですね」
 そうか、二人は家族のような関係なんだ。答えを見つけ出したアリババはほっと息を吐いた。
 二人の繋がりは自分とカシムのようなものなのだろう。
 とっくにほどけてしまって残ってはいないけれど、チーシャンでが贈ってくれた鳥のことを思い出す。故郷のことを殆ど語らないが珍しく見せてくれた一面。シンドバッドも、あのツルという鳥をと一緒に眺めたのだろうか。冬を待つのは嫌いではない、と笑いながら、北の方角を見上げたのだろうか。
「じゃあシンドバッドさんも冬がある国の出身なんですね」
「いいえ?シンはバルテビア帝国出身の筈ですが」
 まただ。ふいに姿を現す違和感にアリババは首を傾げながら、それ以上はもう何も言わなかった。折り重なるように、と過ごした時間が蘇る。にとっての現実とは、どちらにあるのだろう。
 確かなことは、シンドバッドの言った通りには息を吹き返し、何かに追い立てられるようにして飛び立って行ってしまったということだけ。
 アリババにはどの方角に、冬鳥が目指す地があるのかを知らない。回廊の先に広がる空に首の長い鳥が羽を広げる姿を思い描く。

 シンドバッドさん、頼むから早くを見つけてやってくれよ。
 取り返しが付かなくなる前に。
 だって、あいつ、もうこれ以上冬は越えられないって言ったんだ。

 シンドバッドが誰にも行き先を告げずにシンドリアを発ったのは、アリババが空を仰いだ翌日のことだった。



あの鳥はきっと冬を越せないでしょう
2014.02.02


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